言葉の屠殺場


皆さん、お元気ですか?
ミーフーは元気です。

 どこが好き、という、誰もかれもが触れては戻し
て人類史始まって以来、何兆人もの手垢にまみれて
もはや核の部分が見えなくなったやり取りを交わし
たことがあります。月並みに僕のほうから聞いたと
き、彼女はちょっと口篭ってから「そういうのは色
々思ってるけど、口にすればするほど安っぽくなり
そうだから言いたくない」という答えを返してきた
のを記憶している。まだお互いの考えてることがわ
からなくなる前のやりとりだから、それが言うに事
欠いて曖昧に投げた答えではないのはよくわかった
。ここが好き、こうだから好き、それらを不躾に、
詫び寂びもなく捲くし立てないところにまた感心も
していた。質問する権利が向こうに渡ったとき、僕
もまた口篭ってから抽象的な回答をしたことを覚え
ている。「言葉にできてしまえたら、それをまとっ
た誰かに代わりが務まりそうだから」と、確かそう
いう旨。こんな返事をしたらじれったそうな態度を
されたけど、僕は自分の曖昧さを密かに誇っていた


 言葉とは何か、というこれまた手垢の付きたおし
た議論にも主張にも興味はないけど、自分なりにひ
とつ定義するならば「デジタル化された感情」なの
かなぁ、と、とりあえずパチンとその符号を嵌めて
おく。生き物の心の中で渦巻いてるものは全てがア
ナログデータであり、言葉や文字はそれらを人様の
頭へFAXするために都合のいい存在でしかない。そ
の便利さと引き換えに、丸を四角にする残酷な加工
処理が屠殺場で施される。あらゆる機微が0と1によ
ってそぎ落とされる。無限に続く小数点の彼方にあ
る狭間はなかったことにされる。2999年のお手伝い
ロボットは人間そっくりによく喋る、けど黙ってい
るときに何故あそこまで冷たく感じるのかは誰にも
わからない。一緒に話しているときはあんなに暖か
いのに。

 おそらく星新一のショートショートだったと思う
けど、僕ら姉弟が恐れおののいた話があった。ごく
一般的な家庭に、いつものようにお父さんが帰宅す
る。家族は出迎える。翌日、" お父さん " が二人
帰ってくる。家族は戸惑うが、姿形、記憶、思考感
情の一切をそれぞれが寸分の狂いなく持ち合わせて
いることに気づく。翌々日その明々後日、お父さん
たちは三人、四人と増えていく。詳細は忘れたが、
そのお父さんたちは国策により生み出されたクロー
ンだった。担当者の手違いによって増えすぎた彼ら
は、家族の元に残る一人を除いて全員、妻や子供た
ちと過ごした思い出を消されて遠い国に移住させら
れてしまう。元通りになった家庭に今日も一人で帰
ってくるお父さんが「本物のお父さん」であること
を証明する術は誰も持たない、って話。

 子供の頃、この話がすごく怖かった。
 怖かったの他に、悲しかったもあった。当の父親
にこれを聞かせたら「みんな全く同じやったらどい
つでもええやろうが」と一蹴されたから。父が好き
だった僕たち姉弟はどいつでもいいわけがなく、今
ここでこうしてるお父さんが僕らのこと二度と思い
出せんくなって全然知らん国で働かされてるかもし
れんねんよ、と言っても大人特有の感情を度外視し
た理屈でこねられてしまった。今でも父は、言葉や
文字が暴力性を帯びていることを理屈では理解して
いても、感覚では今ひとつピンときていないと思う
。僕は大人になってもデジタル化された父が帰って
くるのなんか嫌だし、姉もそれはまた然りだろうと
ぼんやり一人合点している。

 こうして書いている、この文章自体が既に複数の
意味で二進数に変換されている。僕が文明に頼るの
はどうあがいたところで選択肢がひとつしかないこ
とに気づいたからだけど、アナログが細切れにされ
ていく際に生じる齟齬や悲劇もまた趣であり、それ
らを一興として捉えられたら考え事がひとつ減るん
でしょうか。その時、思い出せない何かもひとつ忘
れるんでしょうか。分類するほうが、されるほうが
随分楽だと子供の頃に知ったはずなのに、核と思し
き自分の何かが最後の一人になっても闘い続けてい
る。



 漫画やアニメを見ていたら、たまに「ン」とか「
ウー」しか言わない愚鈍そうなやつらがいる。もし
かするとそいつらが一番、理(ことわり)に近いの
かもしれない。



おしまい





2016.08.31 | | コメント(0) | 日記

今を認識できない


皆さん、お元気ですか?
ミーフーは元気です。



僕は " 今 " を認識することが苦手です。
何をしてるときでも、考えるのは昔のこと、これからのこと。
歩いてる最中なんか特にそれが顕著で、自分の体が意思とは
別に先々進んでいくのを、意識が必死に追いついていこうとしてる。
体の中に精神があるなんか嘘、僕は自分の背中を何度も見た。
決まったように思い出と、将来の時間軸を行ったり来たりしている。
その往復は、現在を介することなく行われます。
iPhoneで聴いてる音楽を変える時、目の前の人とぶつかりそうな時、
車に轢かれそうな瞬間だけ、仕方がなしに " 今 " を呼び起こす。
気づいたら会社にいる、本屋にいる、家にいる。

自分の写真がここにあります、あるとします、写りはどうでもよくて。
その上に透明のセロハンシートを重ねる、なけりゃ下敷きでもいい。
重ねたシートの上から自分の輪郭の内側だけ塗りつぶします、
これを魂の色とします。それを人差し指と中指の脇腹だけで挟みます。
そのまま歩きます、重なったりズレたりして収まりがきかない、
これが体と心のぶれを示します。レトロ印刷のように堂々とズレる日々を
当たり前に反芻して、いつか違和感を覚えることもなくなった。
物心つく前からの話。

文ちゃんってほんとにマイペースよねぇ、そう言われ続けた
少年時代だった。同級生から母親の友達から見ず知らずの大人から、
四方八方から飛んでくるその裏に " 周りが見えてない " がうっすら
塗られた毒矢を浴びて浴びて、まるで斬り返せたためしがなかった。
言葉は速すぎて体が逃げ切れない。脚はクラスで3番目に
速かったんだけど、それでも駄目だった。要するに、ぼーっと
している、に区分される状態なんだけど、乱暴にカテゴライズは
されたくなかった。自分の中でもっと特別な何かだったんだけど、
それをぼんやりとでも輪郭だけ説明できるようになったのは、
随分大人になってからでした。二人姉弟の下なので、今、この
瞬間にやらねばならない目の前のことは姉が全部引き受けていたから
空想に耽っていられたのでは、とも考えたけど、当の姉は
僕に輪をかけた夢想家なのでそういうわけでもないらしい。

人の話を2分以上聴くのも苦手です。
相手を尊ぶ、尊ばないとは別の次元で、意識がどんどん白んでいく。
小学生時分から授業中の目は窓の外、空、もしくは教科書の向こう側、
向こう側なんてないのだけれども、要するに焦点が合っていなかった。
今でも仲の良い同僚と話をしていて、路地裏、というキーワードがひとたび
出たら、路地裏、路地裏良いな、特に外国のが良いな、帰ったら
そういう写真調べるか、路地、ろじ、ロジックか、論理的思考は
苦手やな、結局は感覚派なんだな、この仕事向いてるんかしら、の
向いて、くらいまで来たところで「文さんって人の話全然聞いてないよね」
の一喝で目が覚める。すみませんでした以外の何ものでもないが、
いい加減な言葉でまた場を濁す。日が沈むのが少し早くなった帰り道で。
その日の夜、明日学校に行きたくないなぁ、と久しぶりに思った。
会社じゃなくて、学校に行きたくないなぁと思った。

甥が生まれて姪も生まれて、代わりに祖父が亡くなった。
二人姉弟の姉の弟で、従兄弟連中の中でも一番下だった自分が
スライド式に文家の系譜から押し出された。僕の意思には断りもなく。
姉や親戚がどんどん結婚して家庭を持っていくにもかかわらず、僕の
枝からは一向に芽が出ない。蓑虫よろしく宙ぶらりんとなる。終わり
あってこその始まりというが、老人という大木が朽ち果てるのに対して
甥と姪は昨日、頭を見せたばかりのタケノコでしかない。
未来しかないが、それもまたあまりに輝きすぎて何も見えない。
見えないものはわからない、わからないものは怖い。
赤ん坊は歴史を持たない。結局すべては悲しみを終着駅とする。
蓑をもがれた虫の部分を、短冊切りにした折り紙の中に放り込んでやると
その折り紙でまた蓑を作るらしい。僕は御免こうむりたい。

あの頃はよかった、なんかいいことないかな、こんなことを
エクトプラズムを吐き出すようにつぶやく人はごまんといる。
三日前の発注と同じ商品頼みます、それを三日後必着で頼みます、
生活を円滑に進めるために頭の中で生み出したはずの過去や
未来の概念に、人間の首が絞められている。その一人である僕は、
時間軸を逆手にとって " 今 " を見つめる方法を思いついた。
こんなところでこんな時間で、こんな服を着てこんな髪型で、
こんな人とこんな話をしている瞬間、これって楽しいのかな、
悲しいのかな、遠いところに来てしまったのかな、目の前の
一切合財が判断できなくなったとき。過去の自分はこれを
羨むだろうか、未来の自分にとってこれは " あの頃 " に
なるだろうか、その二つを考えればいい。それらを照らし合わせた
結果が「悪くない」であれば、僕たちが見えない " 今 " は
とても良い瞬間です。自分で思っている以上に、良い瞬間。
遠慮なく、ためらいなく噛み締めていい。おそらく未来の
我々は、今の光景を浮かべながら「あの頃は…」とつぶやいて
いるから。



海の中から潜望鏡で前を見るような話だけど、ただ
真っ暗な水面下で溺れ続けるよりは幾分かマシに思える。
それにしても早く、陸に上がりたい。



おしまい

2016.08.27 | | コメント(0) | 日記

死と夜明け


皆さん、お元気ですか?
ミーフーは元気です。



祖父が逝きました。
先月の下旬の話で。

危篤の知らせを聞いたのは
僕が丁度、仕事で九州に滞在している時のこと。
従姉妹から携帯電話に連絡がありました。
僕が地元に帰った頃には、矢印が打たれた文家葬儀式場の、
あの例の看板がそびえてました。何枚も。

心筋梗塞、83歳。
母が昼間に庭に出ると、柄にもなく膝に手をついて肩で息しとったそうです。
青い斑点が脛中に浮かんでいて、救急車呼ぶから座っときと母が言うと
「もうあかん、死ぬわ」とこぼして、それが最後の言葉になりました。
救急車が来て乗ったはいいが、意識をなくしてそのまま、です。

僕が思うは、祖父は自分が死ぬと分かって意識を失うまでの間、
何を考えていたのかということです。
従姉妹は多少なりとものセンチメンタルを交えて、きっとお婆ちゃんの
ことやろうね、と言ってたけれども、違う。それは確かに走馬灯の
欠片ではあるけど、そうじゃない、もっと大きな目の前に迫り来る、
ただ自分が今、死ぬ、そのことだけ。この83年間、噂には聞いていたけど
ただの一歩も踏み込まなかった領域について。あとは大昔に抱き損ねた女の
微かな思い出がほんの数ミリだけ、それでいい。そうであってほしい。

半年前に、最愛の恋人と袂を分かちました。
正確には、彼女の心から僕がいなくなりました。
雪山で遭難して四股の末端が壊死した登山家が、泣きながら
右手で左手を切除する気持ち、僕わかるんです。
自分の一部を切ったから。
君がいなくなってから、お酒だけが美味しくなりました。

死ぬこととはどういうことか。
広辞苑見なくとも知っています。
愛する人の心から、自分がいなくなるってこと。

2016年1月16日をもって、彼女の心にいた僕が消えた。
それに伴って、僕の心も消えた。
肉体を消失した祖父も、僕を気遣えなくなった。
僕には身体だけが残った。
それらを全て " 死 " と呼びます。

愛する人がいなくなったら、悲しい。
そして、寂しくもある。
自分がいなくなったら、って考えても悲しい。
ここで問題、自分がいなくなったら寂しいのでしょうか?

誰もが自分を愛している。
自分を愛していない、と言うやつは、裏返された膨大な自己愛に
体がついていかないだけ。誰もが、自分が可愛い。
そうじゃなければ人間をやっていられない。
悲しみは一人でも成立するけど、
寂しさって、二人いないとできない遊びなんでしょうか。

自分の死体を己の肉眼で見たとしたら、何を思うんだろう。
そんなこともふと考えます。
外回りで日差しにやられて頭がぼんやりしてる時に、随分変わって
しまった絵柄で次の作品を描いている時に、人と肌を重ねている時に。

映画で「スタンド・バイ・ミー」がありました。
ご存知、悪ガキ四人で誰かの死体を見に行こうぜ、って話。
子供の冒険だし主題歌がベン・E・キングというのも手伝って
だいたいがポップな作りです。ただ、最後に死体を見た瞬間だけは
無音で、無表情で、しかも遠巻きに、そう記憶しています。
あの作品は、分類すると「憂い」になりました。

たった一人で、好きな音楽を聴きながら、自分の死体を探しに行くとしたら。
そのとき人は、毎晩のキャンプで何を思うんでしょうか。
谷底に転がって、服が擦り切れて、すっかり不潔になって、死化粧もないし。
そんな自分の死体を見たら、悲しいし、きっとすごく寂しいでしょう。

僕は自分の死体をきちんと見たことはない。
でも、2月22日に、自分の死体の傍までは行った。
直視できなくて認められなくてその場を後にして、今でももしかしたら
自分は生きてるんじゃないだろうかって期待してて、その浅ましさにすがって
今、こうして生活している。ミーフーは明るい幽霊だから。

こんなことを書いているけど、暗い話をしているつもりは
まったくないんです。懐かしい地元のお祭りの後、最愛の人とのデートの後、
尊敬しあっている同僚達との飲み会の後、" 後 " とつく全ての行為の果てに
あるのは帰宅後、玄関を開けた瞬間の「寂しいなぁ」だから。今日は楽しかった
なぁ、じゃないんです。狂騒の向こう側には何もかもが悲しさ、寂しさに帰結する。
だから僕はアンニュイこそが人間のデフォルト、本質だと捉えている。



僕が自分を諦めないのは、全ての果てにある寂しいなぁ、の中で
身をひそめてじっとしていると、満更でもない夜明けが待っているから。
その夜明けが照らす君の寝顔が、世界で一番好きでした。



終わり。

2016.08.21 | | コメント(0) | 日記

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