今を認識できない


皆さん、お元気ですか?
ミーフーは元気です。



僕は " 今 " を認識することが苦手です。
何をしてるときでも、考えるのは昔のこと、これからのこと。
歩いてる最中なんか特にそれが顕著で、自分の体が意思とは
別に先々進んでいくのを、意識が必死に追いついていこうとしてる。
体の中に精神があるなんか嘘、僕は自分の背中を何度も見た。
決まったように思い出と、将来の時間軸を行ったり来たりしている。
その往復は、現在を介することなく行われます。
iPhoneで聴いてる音楽を変える時、目の前の人とぶつかりそうな時、
車に轢かれそうな瞬間だけ、仕方がなしに " 今 " を呼び起こす。
気づいたら会社にいる、本屋にいる、家にいる。

自分の写真がここにあります、あるとします、写りはどうでもよくて。
その上に透明のセロハンシートを重ねる、なけりゃ下敷きでもいい。
重ねたシートの上から自分の輪郭の内側だけ塗りつぶします、
これを魂の色とします。それを人差し指と中指の脇腹だけで挟みます。
そのまま歩きます、重なったりズレたりして収まりがきかない、
これが体と心のぶれを示します。レトロ印刷のように堂々とズレる日々を
当たり前に反芻して、いつか違和感を覚えることもなくなった。
物心つく前からの話。

文ちゃんってほんとにマイペースよねぇ、そう言われ続けた
少年時代だった。同級生から母親の友達から見ず知らずの大人から、
四方八方から飛んでくるその裏に " 周りが見えてない " がうっすら
塗られた毒矢を浴びて浴びて、まるで斬り返せたためしがなかった。
言葉は速すぎて体が逃げ切れない。脚はクラスで3番目に
速かったんだけど、それでも駄目だった。要するに、ぼーっと
している、に区分される状態なんだけど、乱暴にカテゴライズは
されたくなかった。自分の中でもっと特別な何かだったんだけど、
それをぼんやりとでも輪郭だけ説明できるようになったのは、
随分大人になってからでした。二人姉弟の下なので、今、この
瞬間にやらねばならない目の前のことは姉が全部引き受けていたから
空想に耽っていられたのでは、とも考えたけど、当の姉は
僕に輪をかけた夢想家なのでそういうわけでもないらしい。

人の話を2分以上聴くのも苦手です。
相手を尊ぶ、尊ばないとは別の次元で、意識がどんどん白んでいく。
小学生時分から授業中の目は窓の外、空、もしくは教科書の向こう側、
向こう側なんてないのだけれども、要するに焦点が合っていなかった。
今でも仲の良い同僚と話をしていて、路地裏、というキーワードがひとたび
出たら、路地裏、路地裏良いな、特に外国のが良いな、帰ったら
そういう写真調べるか、路地、ろじ、ロジックか、論理的思考は
苦手やな、結局は感覚派なんだな、この仕事向いてるんかしら、の
向いて、くらいまで来たところで「文さんって人の話全然聞いてないよね」
の一喝で目が覚める。すみませんでした以外の何ものでもないが、
いい加減な言葉でまた場を濁す。日が沈むのが少し早くなった帰り道で。
その日の夜、明日学校に行きたくないなぁ、と久しぶりに思った。
会社じゃなくて、学校に行きたくないなぁと思った。

甥が生まれて姪も生まれて、代わりに祖父が亡くなった。
二人姉弟の姉の弟で、従兄弟連中の中でも一番下だった自分が
スライド式に文家の系譜から押し出された。僕の意思には断りもなく。
姉や親戚がどんどん結婚して家庭を持っていくにもかかわらず、僕の
枝からは一向に芽が出ない。蓑虫よろしく宙ぶらりんとなる。終わり
あってこその始まりというが、老人という大木が朽ち果てるのに対して
甥と姪は昨日、頭を見せたばかりのタケノコでしかない。
未来しかないが、それもまたあまりに輝きすぎて何も見えない。
見えないものはわからない、わからないものは怖い。
赤ん坊は歴史を持たない。結局すべては悲しみを終着駅とする。
蓑をもがれた虫の部分を、短冊切りにした折り紙の中に放り込んでやると
その折り紙でまた蓑を作るらしい。僕は御免こうむりたい。

あの頃はよかった、なんかいいことないかな、こんなことを
エクトプラズムを吐き出すようにつぶやく人はごまんといる。
三日前の発注と同じ商品頼みます、それを三日後必着で頼みます、
生活を円滑に進めるために頭の中で生み出したはずの過去や
未来の概念に、人間の首が絞められている。その一人である僕は、
時間軸を逆手にとって " 今 " を見つめる方法を思いついた。
こんなところでこんな時間で、こんな服を着てこんな髪型で、
こんな人とこんな話をしている瞬間、これって楽しいのかな、
悲しいのかな、遠いところに来てしまったのかな、目の前の
一切合財が判断できなくなったとき。過去の自分はこれを
羨むだろうか、未来の自分にとってこれは " あの頃 " に
なるだろうか、その二つを考えればいい。それらを照らし合わせた
結果が「悪くない」であれば、僕たちが見えない " 今 " は
とても良い瞬間です。自分で思っている以上に、良い瞬間。
遠慮なく、ためらいなく噛み締めていい。おそらく未来の
我々は、今の光景を浮かべながら「あの頃は…」とつぶやいて
いるから。



海の中から潜望鏡で前を見るような話だけど、ただ
真っ暗な水面下で溺れ続けるよりは幾分かマシに思える。
それにしても早く、陸に上がりたい。



おしまい

2016.08.27 | | コメント(0) | 日記

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

 

文(ふみ)

書いてる人 : 文(ふみ)
 
愛と血潮と

Homepage…
http://irodorimiyaco.com

Twitter…
https://twitter.com/fumifumifur

Pixiv…
http://pixiv.me/fumifumifur

Comments