忙殺される日々が続いていた。
陽が昇る前に目覚ましが鳴り、身支度に駆り出される。
外は真っ暗、部屋もまた然りなのでスタンドライトを点けると、昨日の
眠る前と同じような薄暗さが広がる。毎日が仕事と
仕事の延長線上に続いているのを思い知らされる。

わずかな隙間に生じる空白の時間でのみ、その忙しなさから
開放されるのだけど、個人に戻れる余裕がそこにあるわけではない。
公が良しとする価値観に身を深く投じてしまったがため、
スーツを脱いでから床に就くまでに這い上がるのが間に合わない。
摩擦より慣性のほうが強く、僕本来の感覚の領域にまで
会社の車がせり出してくる。風呂から上がり机に向かって、
そういや自分は普段、何を考えていたっけなと考える。
午後22:30頃。

瓶詰めの液体があったとして、個性というのは
それらがワンセットになったものと思っていた。
人間の、自分を頑なに守ろうとする殻が瓶を形作っているに
すぎないと気づいてからは、液体のほうにスポットが向いた。
子供の無垢な精神を社会の海に流して、もう一度海水を
瓶にすくったならば、その液体は大人であるかもしれないが
個人と呼べるだろうか。呼べるだろうか、と考えているうちに
瓶そのものが人間が生み出した幻想でしかないのを思い出して、
あるのはただ莫大な海、ひとりの力ではどうしようもない
自然であることを悟った。賢い人は全部を社会へ明け渡さずに
こっそりと瓶に残しておくんだろう。僕はほとんどを
海へこぼした上に、肝心の瓶をどこかにやってしまった。


それでも、時々「あの作品が観たい」とか、
「次はこんな個展を開きたい」という気持ちが沸き起こるのは
知らないどこかで自分が元気にやっている証拠なんだと思う。
願わくば、もう少し器用に生きたい。

2016.12.29 | | コメント(0) | 日記

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